マイヘルス2019秋号 「胸部レントゲンで何が見えるの?」

2020年7月6日月曜日

マイヘルス

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胸部レントゲン(X線)は誰もが受ける検査のひとつですが、「体の中が透けて見える」という漠然としたイメージしか湧かない方も多いかと思います。今回は、そんな胸部レントゲンの特徴と、近年増加しているある病気について、医療法人厚生会理事長・厚生会クリニック院長の木戸口公一先生にお話しを伺いました。


ー本日はよろしくお願いします。今回は胸部レントゲンについてお話いただければと思います。


古い時代の医者なので(笑)、昔の話から始めましょうか。かつて、胸部レントゲンは結核を発見することが重要な目的でした。その頃は結核を調べるために、年に2回ほど定期健診を受けていましたね。そうしないと発見が遅れ、どんどん感染が拡がってしまいますから。しかし、今に至るまで結核の罹患者はどんどん減っていきました。(※1)。もちろんなくなったわけではないのですが、昭和25年には日本人に死因のトップだったのが、平成29年では30位です。(※2)。現在の胸部レントゲンは、代わりに死因のトップとなった「がん」を見つけるのが主目的といってよいでしょう。


ー胸部ということは、主に肺がんを見つけるための検査だということでしょうか。

そうです。ただ、肺がんの発見率で考えると、単純胸部レントゲンはそれほど高くないのです。少し前のデータですが、通常の胸部レントゲンだと0.02%で、1万人に2人発見できます。これが胸部CTになると0.14%で、7倍も確率が上がります(※3)
じゃあ単純胸部レントゲンをやめてすべてCTにすればいいかというと、そうではありません。検査機器が重くて巡回健診に持っていけないですし、設備投資にかかるコスト、受診者が負担する金額、そして被曝量の問題もあります。やはり方法論としては、胸部レントゲンで何らかの異常があった人や、既往歴などを鑑みてリスクが高い人がCTを受けるというのが適しているのではないかと思います。

ー現在、どのように胸部レントゲンを実施しているのでしょうか。

例えば大阪西クリニックでは、レントゲン写真を撮った直後にモニターで見せています。「もう見られるんですか⁉」と驚く人も多いですよ。過去の画像と並べて比較して、経年的な変化を見ながら話すようにしています。
また、レントゲン写真が映し出せる限界もありますし、人間の目の限界もあるので、判定、読影時は必ずダブルチェックをしています。その上で、疑わしきものについては受診者にできるだけ納得してもらってから精査に行ってもらうというのが重要だと思います。撮りっぱなしで「はいOK」「要治療です」と送り返すのではなく、その後のフォローアップも含めてわかりやすく説明することを心がけています。 

ー肺がんは、レントゲン検査ですぐに発見できるものなのですか。

早期の場合は、非常に難しいと言わざるを得ません。昨年、東京の地域健診で肺がんを見落としてしまったという報道がありましたね(※4)。これは非常に難しい問題だと思います。
がんが発見されてから、振り返って過去の検査結果を見直してみると「この部分に兆候があった」ということはざらにあります。それを「医師の見落としだ」とマスコミは報道するわけです。画像診断では、優秀な医師がどれだけ見ても発見するのは難しいケースがあることは確かです。
ただひとつ言えることは、CTとの差を埋めるというわけではありませんが、我々は先ほど申し上げたような態勢で、努力を怠らず胸部レントゲン検査を実施しています。

ー結核や肺がんの他にレントゲン写真でわかることは何でしょうか。

レントゲン写真はX線の透過性、つまり通りやすいか通りにくいかで白黒の差異が発生します。通りやすければ黒く感光し、通りにくい(吸収されています)と透過性が悪いので白く映るという仕組みになっています。脂肪や水分があるところは白く、気体があるところは黒く映ります。
それでは、このレントゲン写真を見てください(写真1)。


ーえーと、ここが肋骨、これが肺…。すいません、あとはわからないです。

胸部だと、肺は黒く映っていますね。肺の中で木の枝のように見えるのは肺の動静脈です。両肺の真ん中にあるのが心臓。骨では、肋骨、背骨、鎖骨、肩甲骨。そして下に横隔膜があります。首から繋がっている太い部分は気管で、ここから分かれていきます。
胸部レントゲンは先ほど挙げた部位すべてが診断の対象になります。肺の炎症だけを見るのではなく、心臓に動脈硬化の影が出ていないか、骨に異常はないか…あと、最近の特徴としてはメタボがありますね。

ーレントゲン写真でメタボがわかるのですか。

はい。この横隔膜(写真2)、いかにも脂肪がたっぷりたまっているように見えるでしょう?


まさしくその通りなんです。内臓脂肪のせいで、普通の位置よりせり上がってきています。脂肪は前に出るだけじゃなくて、上にも出てくるんです。これは案外知らない人も多いです。そうすると、心臓が押し上げられて大動脈が曲がってくるし、肺が圧迫されるから下のほうが縮んでしまいます。すると呼吸に使う面積が減って、換気がうまくいかなくなるのです。
これは同じ人ですが(写真3)、スポーツジムに通ってダイエットされた後の写真です。



横隔膜が下がって、肺の形も戻ってきているのがわかると思います。このような事例をメタボの人に話すと、みんなびっくりしますよ。
「先生、こないだ内勤になってから、運動しなくなったんです。それで体重が増えちゃって…」
「そうやなあ。過去のレントゲン写真と見比べて、何が変わったかわかります?」
「なんや知らんけど、心臓が上がって大きくなってますわ。肺もつぶれてるし」
「それは内臓脂肪のせいやねん。頑張って体重減らしたら、心臓も肺もスッキリするで」
「やっぱり太ったらあきませんね…。さっそくダイエットしますわ」と、やせるためのインセンティブになるんです(笑)。数字で見るより衝撃的なんですね。

ーレントゲン写真の有効な使い方ですね(笑)。ところで、撮影の際に被曝を気にされる人も多いと思います。

よく説明するのですが、東京ーニューヨーク間を飛行機で往復すると、レントゲン写真を2~3枚撮るのと同じくらいの被曝量です(※5)。飛行機だと高度1万メートルくらいを飛びますから宇宙からの放射線をより多く浴びるわけですね。つまり、海外旅行に行くよりもリスクは少ない。ほぼ心配ないと言っていいでしょう。
ただ妊娠している女性の場合は、無理に撮りなさいとは言いません。妊娠初期の場合、胸部レントゲンの撮影範囲だと位置的に赤ちゃんに影響はないのですが、医学的根拠に基づく説明だけで安心できるわけではないですからね。もし、産まれてきた赤ちゃんにあざがあった、もしくは何らかの疾患があった。そんなとき、「あのときにレントゲン写真を撮ったからじゃないの」と周囲から責められるかもしれない。医学的には問題ないとわかっていても、絶対に影響がないという証明はできないのです。そういった本人、そして周囲の人々の心の負担を考えて、妊娠時に撮らない人が8割くらいでしょうか。もちろん、問題ないので、ご自身で判断されて撮影してほしいという人もいますね。

ーたばこの影響はいかがでしょうか。

喫煙が全身に悪影響を与えるのは大前提として、レントゲン写真ではなかなかすぐに見えてこないことも多いです。ただヘビースモーカーの人だと、肺に白い小さな粒子が散らばって見えることがあります。肺胞の組織がつぶれたり、痰がたまったりして水っぽくなるのが原因です。
喫煙はCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の主原因(※6)ですから、非常にリスクが高い行為であることをわかっていただきたいですね。

ー胸部レントゲンで発見されるものとして、非結核性抗酸菌症(NTM)が増えていると伺ったのですが、どのような病気なのでしょうか。

結核は先ほど説明したように日本では悪名高い病気で、大阪は今でも感染者が多い地域です。ただ、我々のクリニックでも結核以上に感染者が見つかっているのが、この非結核性抗酸菌症、略称はNTM(non-tuberculius mycobacteria)です。レントゲン写真では、炎症が起きている箇所に結核の場合と類似した影が出ます。
NTMは結核菌が引き起こすものではなく、結核菌以外の抗酸菌(※7)が肺に感染することで発生します。初期は無症状なので気づきづらく、進行するとせき・たん・発熱・倦怠感など結核に似た症状がみられます。また、通常の結核との違いとして、人から人への感染がないことが挙げられます。

ーNTMの原因となる細菌は、どこからやってくるのでしょうか。

はっきりとわかっているわけではないですが、おもに水がある場所、いわゆる水系から感染すると言われています。他にも土壌やほこりの中など、あらゆる場所に生息しているので、予防するのは非常に難しいですね。多くの感染症に共通することですが、澱んだ水は細菌が繁殖していることが多いので注意が必要でしょう。例えば、側溝を掃除するときはマスクをして飛沫を防ぐなど、対策をしなければなりません。
なお、アメリカでは浴室のシャワーヘッドのぬめりが大きな感染源の可能性があるという研究結果が発表されています。(※8)。環境が違うため一概には言えませんが、浴室を清潔にしておくべきだということは確かだと思います。

ーどのような人がかかりやすいのでしょうか。

近年は、中高年の女性に流行ってきているようです。なぜその年代の女性がかかりやすいかは定かではないのですが。もちろん、若年層や男性も同様に注意が必要です。
データを見ると、2007年から2014年の7年間で2.6倍も増加しているという調査結果があります。(グラフ参照)。

参照:慶應義塾大学医学部/国立研究開発法人日本医療研究開発機構
「呼吸器感染症を引き起こす肺非結核性抗酸菌症の国内患者数が7年前より2.6倍に増加 ー肺結核に匹敵する罹患率ー」

日本は10万人あたり14.7人と世界の中で最も罹患率が高い国だということが判明しました。

ーどうやって治療するのでしょうか。

結核と同様に化学療法(薬)で治療するのですが、困ったことに結核ほどには効果がないのです。よって、治療が年単位で長引いてしまうことが多いですね。
予防も治療も難しいなかなか厄介な病気ですが、感染力が弱いため発症しないケースも多く、さらに人から人に空気感染をしないのがまだ救いだといえるでしょうか。こういう病気があるということはぜひ知っておいてほしいです。

ー最後に、皆様に一言お願いいたします。

胸部レントゲン検査の中でもベーシックなものです。ただ、受診者の中には自分のレントゲン写真をじっくり見たことがない人も多く、実際に見ながら話すと相談もしやすいので、コミュニケーションのきっかけになります。
最近の傾向として、若い人はスマートフォンやパソコンに接する時間が長いからか背骨が側弯、つまり曲がっていることがあります。そういう人には「しっかり背骨を伸ばして生きないと」とよく言ってますね(笑)。病気だけではなく、生活習慣や普段の姿勢など、写真1枚でもさまざまなことがわかるのです。まさに「胸部レントゲンは人生を語る」ということかもしれません。

平成6年の時点では181,470人、その後減少し続け平成29年では全国で39,670人(年末時結核登録者数)。
参照:厚生労働省「平成29年 結核登録者情報調査年報集計結果について」【もどる】

昭和25年は死亡数121,769人(1位)、平成29年は2,303人(30位)
参照:厚生労働省「平成29年 結核登録者 情報調査年報集計結果について」【もどる】

文献/人間ドック33:714:2019【もどる】

2018年、東京都杉並区の肺がん検診で異常なしと判定された女性が、転院先で肺がんと診断されその後死亡した。【もどる】

胸部レントゲン検査は1回の被曝量が0.06msv(ミリシーベルト)、東京~ニューヨーク間の航空機往復では0.11~0.16msv。なお、CT検査1回では2.4~12.9msv。【もどる】

気管支に炎症が起こり肺胞が破壊されることで呼吸がしにくくなる病気。原因の90%以上は喫煙で、1日の喫煙本数が多いほど進行しやすいと言われている。また、厚生労働省の統計では、2017年のCOPDによる死亡数は18.523人。【もどる】

主にマック菌(Mycobacteriumavium complex)とカンサシ菌(Mycobacterium kansasii)
に分けられる。割合としては約80%がマック菌。【もどる】

アメリカ・コロラド大学の研究チームが専門誌に発表した研究では、シャワーヘッドがNTMを引き起こす細菌の温床となりますいという報告があった。NTMににょる肺疾患の流行地域と、シャワーヘッドの細菌の量が多い地域が概ね合致しているため。特に金属製のシャワーヘッドは、プラスチック製の約2倍の細菌の量だったため、注意が必要とされている。(2018年11月7日)【もどる】
http://www.newsweekjapan.jp/stories//world/2018/11/post-11521
stories/world/2018/11/post-11251.php

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