マイヘルス2020秋号「医師と受診者のタッグで膵臓の疾患を早期発見」

2020年7月6日月曜日

マイヘルス

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ー前回、腎臓のお話を伺ったときには、まさかこんな状況になるとは思いもしませんでした。

本当にそうですね。リモートワークの人が増えて、受診される方々にもいろいろな影響(※1)が出ているようです。当クリニックでは6月から健診を再開していますが、マスク着用、検査器具の消毒、換気の励行等三密対策をしながら、安全な健診を実施できるよう努力しています。

ーさて、今回は五臓六腑シリーズ第2弾で、膵臓についてお聞きしていきます。

膵臓はとても重要な臓器ですね。五臓六腑から外れているものの、予備軍を含めて2000万人(※2)も糖尿病の方がいる現状を考えても、決して無視できません。それが2番目に取り上げた理由です。糖尿病との関連について説明する意味でも、まずは膵臓が果たしてくれている役割から話しましょうか。

ーよろしくお願いします。

大きく分けて、膵臓には「外分泌」と「内分泌」の二つの働きがあります。(別図参照)。



外分泌は、消化液(膵液)を十二指腸に出すことです。胃液で溶かされてお粥のようになった酸性の食物は、この消化液と胆嚢から出てきた胆汁により、十二指腸で中和されます。なんとこの消化液は炭水化物を分解するアミラーゼ、たんぱく質を分解するトリプシン、脂肪を分解するリパーゼ等と、栄養となるものを消化するための分解酵素を含んでいるのです。そのおかげで、吸収しやすい状態で次の小腸に送られるわけです。
もうひとつの内分泌は、膵臓内にあるランゲルハンス島(※3)で、おこなわれます。この島の中のα細胞ではグルカゴン、β細胞ではインスリンというホルモンが作られているのですが、インスリンは聞いたことがありますよね?

ーはい。糖尿病のお薬ですか?

正確に言うとホルモンの名前ですね。血液中のブドウ糖を細胞内に取り込ませ直接的に減少させる唯一のホルモンです。また、グルカゴンには脂肪を分解して血糖を上昇させる作用があります。インスリンとグルカゴンの両方のホルモンを産生して血糖値をコントロールするのが、内分泌のおもな働きです。膵臓は消化を助ける臓器だと考えている人もいらっしゃると思いますが、糖尿病にも深く関わっているのですね。
付け加えると、ガストリンというホルモンも膵臓で作られていて、これは胃酸の分泌を促進させます。

ー膵臓の疾患というと、どんなものがあるのでしょうか?

代表的なものだと、急性膵炎や慢性膵炎が挙げられます。急性膵炎はお酒の飲みすぎや脂ものの食べすぎが原因であることが多く、みぞおちや左脇腹、ときには背中に激しい痛みが生じます。十二指腸に出すはずの消化酵素が活性化して、膵臓自体を消化して炎症を起こしてしまうのですね。
慢性膵炎は、暴飲暴食やストレスなどが原因で炎症を繰り返すことで細胞が破壊され、その名前のとおり膵臓の機能がゆっくり低下します。進行すると、消化不良により栄養状態が悪化し、血糖コントロールができず糖尿病を発症することもあります。急性膵炎と比べて甘く見ていると大間違いで、慢性膵炎の人は膵臓がんのリスクが跳ね上がると言われています。
ところでその膵臓がんはあらゆるがんの中でも特に予後が悪いことで知られています。それはなぜかわかりますか?

ーそうですね…自覚症状は出にくいからでしょうか?

はい、それも理由のひとつです。膵臓は腎臓と同じく後腹膜臓器で、胃の後ろ側、お腹の最も奥まった位置にあります。がんが発生しても症状が外に現れにくく、気付いたときにはすでに進行しているケースが多いのですね。早期に発見できないと、リンパ節や肝臓に転移してしまっていることになります。
また、こちらも大きな理由ですが、一般的な健診では、膵臓にターゲットを絞った検査は実施されません。血液検査のアミラーゼは膵臓に関連していますが、現状ではそれくらいです。膵臓を調べようと思ったら、オプションで上腹部超音波検査を実施する必要があります。ただ、胃や十二指腸の中の空気は邪魔をするので、異常があっても画像として描出することが難しいことがあり、丁寧さや経験を含めた高い検査技術が求められます。

ーなるほど。

もちろん、それはがん全般に当てはまることで、「この検査をしたからがんを発見できる」という確かなものは存在しないのですが、膵臓の場合は特に難しいといえるでしょう。膵臓から漏れ出てきた成分等を調べる機能的検査では、先ほどの血液検査(アミラーゼ)に加え、腫瘍マーカー(CA19-9、CEAなど)(※4)も参考にしますが、どちらかというと治療後の再発の診断等でよく用いられます。
膵臓は基本的には画像診断から攻めていくのがよいとされていて、その中でも早期発見の手がかりを得るためには、負担の少なさ等を考えてもやはり腹部超音波が最適でしょうね。

ー腹部超音波ではどのような部分に着目するのですか?

簡単に説明すると、まず嚢胞がないかどうか。嚢胞、つまり液体が入った袋ですね。特に嚢胞性の腫瘍でIPMN(※5)というものは注意が必要です。また、膵管が拡大していないかどうかも見ています。拡大していると膵管の出口が狭くなっていると考えられるので、膵石や腫瘍により圧迫されている可能性があります。この2つを見るのは、膵臓がんを発見するための鉄則です。
どこかに異常があった場合、さらに詳細な検査を実施します。CTやMRI(MRCP)(※6)EUS(※7)などが代表的ですね。特にEUSは、内視鏡の先にプローブを付けて胃や十二指腸の中から膵臓に超音波を当てることができるので、精密な診断が可能です。他にはERCP(※8)という検査も有力ですが、技術的に難しく軽い膵炎を引き起こす可能性もありますので、メリット・デメリットを比較して使い分けられています。

ー膵臓がんに注意すべきなのはどんな人でしょうか?

膵臓がんのリスク要因となるのは、まず飲酒です。また肥満だったり、脂っこいものを食べたり、たばこを吸うのもよくありません。「膵臓だから」というのではなく、一般的に不健康とされる生活習慣はだいたい当てはまります。
また、慢性膵炎になると非常にがんが発生しやすいとされていますし、糖尿病を患っている人や、急に血糖値が上がった人もリスクは高いです。加えて、これもすべてのがんに共通ですが、家族的がある人は特に要注意だといえます。
膵臓がんは5年生存率が非常に低いので(別表参照)、リスクの高い人は積極的に受診すべきだと思います。特に、要精密検査と判定されたらすぐに受診してください。「膵臓はほっといたらあかんで」というのを強く伝えたいですね。




ーより早期に発見し、生存率を上げるためにはどうすればよいでしょうか?

尾道の消化器専門医(肝・胆・膵)が考案した尾道方式(※9)がモデルケースとして挙げられます。
前述したように膵臓がんの早期発見はとても難しいのですが、1cm以下で発見できれば生存率は比較的高くなります。そこで条件に当てはまる人にスクリーニングとして超音波検査を推奨し、発見率を上げるというものです。プロジェクト開始から13年経過しており、実際に成果を上げています。

ー膵臓に関して、その他のトピックはありますか?

数としては少ないのですが、ランゲルハンス島の細胞に腫瘍ができることがあり、膵神経内分泌腫瘍(※10)と呼ばれています。いくつかの種類に分かれていますが、例えば「インスリノーマ」は名前のとおりインスリンが過剰に分泌されることで、低血糖症状が起きてしまいます。当クリニックの健診ではここ2~3年で1回見つかったかどうかという病気とはいえ、発見しづらく診断がつきにくいので厄介です。
最近注目されているのが、HBOC(遺伝性乳がん卵巣がん症候群)(※11)と呼ばれる遺伝性のがんです。女性に特有のものと考えがちですが、性別は関係ありません。この遺伝子の変異があると、女性では乳がん・卵巣がん・膵臓がん、男性は乳がん・前立腺がん・膵臓がんの発症リスクが高まります。日本では保険適用になっていませんが、家系内に先ほど挙げたがんにかかった人がいるのであれば、注意すべきかもしれません。
また、IgG4関連疾患(※12)という指定難病は、近年見つかった全身性疾患で、典型的な症状としては自己免疫性膵炎があります。類似点が多いので、膵臓がんとの鑑別が必要になります。

ーどれも、あまり聞いたことがないですね…

あまり身近でない病気でも、知っておくことは大事だと思いますよ。また、先日こんなケースを経験しました。
当クリニックに、今日の話にも出てきたアミラーゼ値が正常より少し高かったということで再検査に来た女性がいました。アミラーゼは実は2種類あって、膵臓から出ているもの(P型)と唾液腺から出ているもの(S型)に分かれています。通常の健診ではそれらを区別していないのです。検査したところS型のみが高値を示したので調べていくと、シェーグレン症候群(※13)という病気でした。話をしていくとこの女性は妊活中だとわかったのですが、胎児の心臓に悪影響が出る可能性がある。だから「妊活はいったんやめておいたら」と話をしました。
アミラーゼが少し高いという数字だけを見て、医師も患者も油断していると、不幸な結末になっていた可能性もあるのです。情報が入りやすい時代ですし、医師とはいえ完璧ではないので、専門医療機関と連携をとることが大事です。

ー最後に、皆さんに伝えたいことはありますか?

暴飲暴食をやめる、禁煙するなど、生活習慣を改善することはもちろんですが、検査を勧められたら必ず受診してください。特に膵臓がんは早期発見が重要になるので、なおさらです。もうひとつ。先ほどの例だと、女性が妊活中ということはカルテには書いてあるわけではないので、診察中のコミュニケーションで把握するしかありません。だから、大事なからだを守るために、医師とよい関係をつくることが大事になってきます。不安なことはなんでも相談してくださいね。

※1 リモートワークが増えた影響
「50代以降の人は運動量が落ちたことで体重が増えるケースが見られますが、30代後半~40代前半くらいの人は、自由な時間にYouTubeなどを見てトレーニングするからかやせていることも多い。自己管理の意識ではっきりと分かれますね」(木戸口先生の補足)【もどる】

※2 糖尿病の有病者および予備軍
厚生労働省の国民健康・栄養調査(平成28年)によると、糖尿病が強く疑われる者が約1000万人、糖尿病の可能性が否定できない者も約1000万人いると推計されている。【もどる】

※3 ランゲルハンス島
膵臓内に100万個以上存在する島状の細胞群で、各種ホルモンを分泌することでからだの恒常性を維持している。主なホルモンはインスリン、グルカゴン、ガストリン、ソマトスタチン(ホルモンの泌を抑制する働きがある)など。【もどる】

※4 腫瘍マーカー
腫瘍マーカーは血液中のたんぱく質や酵素、ホルモンを測定することで体内に腫瘍があるかどうかを調べるもので、あくまでもがんの可能性を示す指標のひとつ。基準値を超えていても、それががんの存在を意味するわけではない。【もどる】

※5 IPMN(膵管内乳頭粘液性腫瘍)
膵臓の嚢胞性腫瘍の中でも頻度が高く、膵管の中で盛り上がるように増殖する。ゆっくりと進行するため症状がないことも多いが、がん化する恐れがあるので手術が必要なケースがある。【もどる】

※6 MRCP(磁気共鳴胆管膵管造影検査)
MRIを使って磁気で膵管・胆管を描出する。ERCPと比べて負担が少なく、同様の画像を得ることができる。【もどる】

※7 EUS(超音波内視鏡検査)
超音波プローブを付けた内視鏡でからだの中からエコーを当てるため、病変の状態を詳細に観察できる。針を刺して細胞を採取し、腫瘍の組織を調べることも可能(EUSーFNA)。【もどる】

※8 ERCP(内視鏡的逆行性胆膵管造影検査)
内視鏡の先端を十二指腸に留置し、膵管にカテーテルを通して造影剤を注入してレントゲンを撮影する。若干からだに負担がかかるものの、直接的に検査ができ、細胞の採取も可能。【もどる】

※9 尾道方式
尾道で2007年から本格的に始まった検査方式。危険因子を2つ以上持つ人に超音波検査を実施、膵管拡張や嚢胞がみられた場合は中核施設で再検査、さらに所見に応じて精密検査を行うというように、症状が出る前に積極的に膵臓がんを防いでいくというもの。【もどる】

※10 膵神経内分泌腫瘍(PーNET)
ランゲルハンス島にできる腫瘍で、機能性(異常なホルモン産生により症状が出る)と非機能性(ホルモン産生なし)に分かれる。機能性のものは主にインスリノーマ、グルカゴノーマ、ガストリノーマなど。【もどる】

※11 HBOC(遺伝性乳がん卵巣がん症候群)
特定の遺伝子に生まれつき病的変異があることで、一般の人より乳がんや卵巣がんの他、膵臓がん、男性では前立腺がんを発症しやすい体質の人がHBOCと診断される。がんの既往歴にかかわらず、一般的に200〜500人に1人が該当するといわれている。【もどる】

※12 IgG4関連疾患
血液中のIg G4の濃度上昇が関連した全身性疾患。自己免疫性膵炎、涙腺唾液腺炎(ミクリッツ病)が典型的な例で、特に高齢の男性に多く発症する自己免疫性膵炎は、膵臓がんと誤診されて手術が行われるケースもある。各臓器により異なった症状がみられ、重篤な合併症を伴うことも。原因不明で、治療法が確立されていない指定難病のひとつ。【もどる】

※13 シェーグレン症候群
涙腺と唾液腺などの外分泌腺に慢性的に炎症が起こる自己免疫疾患で、目の乾燥やドライマウスが主な症状。原発性か二次性かでも異なるが、妊娠中の人が、この病気の患者にみられる抗SSーA抗体を持っていると、新生児に房室ブロックという不整脈が出ることがある。【もどる】

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